歯車のバックラッシの話



歯車のバックラッシというのは重要だ。
小さい、あるいはマイナスになってしまうと歯車に負荷がかかりすぎて破損したり、寿命が縮んでしまう。逆に大きすぎると音が出たり、歯車がぶつかる様になってやはり破損や寿命が低下する。
通常の歯車と言えば動力を伝える目的での減速あるいは増速が仕事なので適当なガタツキみたいな扱いで良いのだが、位置決め制御に使われると適当なガタでは許されなくなる。
サーボモーターやステッピングモーターがきっちり停止しても減速の歯車があるとそのバックラッシぶんが位置のばらつきになってしまう。
ところがこのバックラッシを定量的に制御しようとすると結構厄介である。

何故なら、通常の動力伝達の標準平歯車の場合、歯数Z1, Z2、モジュールmの軸間距離 A=m(Z1+Z2)/2 という計算で済んでしまう場合がほとんどで、歯車は買い物で済ませてバックラッシは成り行きにまかせちゃおう、といった感じである。あるいは負荷が少ない機構だとネジがた程度の軸間調整で行い、高負荷の場合はピンなどを打ち込んで固定する場合が多い。、バックラッシを制御しようとするとかみ合う二つ歯車の出来栄えと軸間距離の関係になるので意外と複雑である。

さらに転移歯車を使うと転移係数によって軸間距離を制御できるのだが、これらの関係はさらに複雑で、設計参考書などにもここまで踏み込んでの解説は少ない、あるいは不十分で経験論で終わることも多い。

歯車はインボリュート曲線、inv(角度)で形作られている、力を伝える圧力角という角度があるのだが、歯を創生する工具の持つ工具圧力角αと実際の歯車の圧力角αhがある。 平歯車の場合、歯数、転移係数をZ,xと表すとこれらとバックラッシ量Cnの関係は、

(inv(α)-inv(αh))/tan(α)=2(x1+x2)/(Z1+Z2)+Cn/m/(sin(αh)*(Z1+Z2)) A=m(Z1+Z2)cos(αh)/2cos(α)
となる。この式が書かれている参考書はほとんどない。
ところが標準歯車だと、x1=x2=0、 α=αh となるので、式を変形すると

Cn/m/(sin(α)(Z1+Z2))=0
A=m(Z1+Z2)/2

あれれ・・?否応なしにCn=0 となってしまう。

さらにこの場合のCnというのは二つの歯車のピッチ円接線方向の隙間を表すので、いわゆる歯車の回転方向のがたつきとは異なる数字になる。
さらに、この式では歯車の出来栄えは考慮されていない。

つまるところ、歯車の設計的にはバックラッシは0で、歯厚や時間距離の公差でバックラッシはきまるということか・・・
この式から導かれるのは転移係数と軸間距離の関係だった。

さて、ここで救いの式を見つけた。
がたつき=バックラッシ=遊び と考えて、圧力角をαとする。
圧力角もまた、いろいろな種類があって難しいが標準平歯車は基準圧力角を考えれば良い。
ピッチ円に沿ったがたつきをJt
歯面の法線方向のがたつきをJnとすると Jn=Jt・cosα
半径方向のがたつき Jr=Jn/2sin(α)=Jt・coa(α)/2sin(α)=Jt/2tan(α)
歯車の回転がたつき角をΘ、ピッチ円半径をrとすれば Jt=rΘ だから つまり軸間距離の遊びは

Jr=rΘ/2tan(α)

と計算できる。

今回。問題になっているのは、モジュール1 歯数10と70の標準平歯車の組み合わせで 大歯車でバックラッシ0.25°を実現するにはどうすれば良いか。

今は、選別しているとのこと、駄目なものは低精度の製品に使う、そちらのバックラッシは0.5°。

さて、歯車がきっちり、つまりバックラッシ0で出来ているとすると、大歯車のバックラッシ0.25°ピッチ円半径35mm 圧力角20°の場合、
ピッチ円方向のがたつきは rΘ = 0.15mm
それに相当する中心距離の遊びは Jr=rΘ/2tan(α)= 0.2mmとなる。

ブラケットの設計値を験算すると、結構ラフで出来ていて、公差を積み上げると
最大軸間距離=設計軸間距離+モーター取り付けのインロー隙間+歯車Aの位置精度+歯車Bの位置精度
=40.0031+0.0275+0.14+0.14=40.3106

理論軸間距離は40mmなので0.3mmの隙間となる。

Jr=rΘ/2tanα
より
Θ=2Jr・tanα/r = 2*0.3*tan(20/180*π)/35 /π*180= 0.36°
アウトである。

だったら軸間の遊びを0.2mm以下になるよう、公差を厳しくすればよい、となる。
ところが歯車単体のバックラッシというのがこれまたけっこう大きい。

旧JIS 1702 4級(新JIS 1702-1 N8級)相当は一般的に精度の良い歯車だ。
モジュール1で 10歯と70歯の組み合わせだと、

ピッチ円方向 バックラッシは それぞれの歯車の精度の和になり 75〜300μm
軸間の精度は20μm とある。

つまり旧JIS4級の歯車を使っているのならば、
軸間距離はJISどおりの20μmで管理しても歯車の出来によっては0.25°を超えてしまうことになる。

歯車の等級を上げるしかないということになるが
新JIS N6級でも ピッチ円方向 バックラッシは 75〜240μm となるのでけっこう厳しい。

旧JIS 0級
ピッチ円方向 バックラッシは 75〜190μm となるので最高精度が必要

逆を考えると、0.3mmほどの周方向バックラッシは軸間0.4mmほどの調整で消せることになる。軸間で合わせた方が賢いのではなかろうか。


この項完。
[2018.12.2]

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